active(アクティブ)の反対語・対義語はpassive(パッシブ)です。
自ら働きかける事、つまり能動的な事をアクティブと言い、
(他からの)働きかけを受ける事、つまり受動的な事をパッシブと言う訳ですな。
例えば、「お金」とは大事なものです。
大事であるがゆえ、使わない事で守るパターンとなりやすいですが、逆に使う事で守る事も出来ますよね。
僕は、まだ透析を受ける前の腎不全保存期に、働いては体調を崩し入院するというのを繰り返しました。
仕事してない時期はお金に困りましたので、当時、1か月の薬代が約8000円かかっていた事がネックになりました。
それでなくても入院費もかかってましたからね。
お金が払えなくて月1回の受診をしなかった事すらあります。(2か月ほどですが)
結果として、薬を飲めなくて腎不全を悪化させてしまったという事実がありました。
あれがなければ、腎不全保存期をもう1~2年は間違いなく延ばせたのではないか? という思いが今でも残ってます。
元々、僕はどちらかと言えばアクティブなほうだと思いますね。
しかし、この時はパッシブになってしまいましたな。
本来なら、
「体さえシャンとしてれば、仕事や金儲けはどうにでも出来る」という思いから、体の方を重視し、少々の出費には何とか対応する僕なのですが、この時は守りに入ってしまいましたな。
失敗やミスは誰にもあるので、別段構わないですが、あの時の失敗は致命的だったなと思います。
借金してでも薬をもらいに行くべきだったと、結果的にはそうなりました。
パッシブからは攻めがないので、減る一方になりがちです。(無駄に使ってしまう事を恐れて動けないとも言えますが)
実は、アクティブから視界が広がる事のほうが遥かに多い訳ですね。

ただ、この辺は難しい訳で、例えば企業などでは「縮小」していくか「拡大」していくかで会議が大モメになる事もありますね。
赤字が出て、縮小する事で立て直すのか、攻めに転じて拡大する事で守るのか? これはどちらも成功には困難が待ち受けます。
「縮小」では閉鎖やリストラなどを的確にできなければ、パイが小さくなってしまうので危険も大きいですし、「拡大」では新たな投資で収益が上げられなければ、一気に赤字を増やしてしまう事になります。
縮小はパッシブであり、拡大はアクティブなのですが、縮小の中にもアクティブはあり、拡大の中にもパッシブが存在しますからね。
大事を取り過ぎて攻めが中途半端になる事もありますし、人情で切れなかったりすれば縮小に失敗してしまう場合もあります。
(^◇^)
まあ、企業の事は置いといて(-_-;)
こうした人生における決断も、僕らはいくつもある訳ですね。
特に「人工透析」では、「人工透析」ならではの事があります。
透析医療というのは「延命治療」と分類される医療ではありますが、アクティブに動くかパッシブに動くかで大きく変わってしまいますね。
まさしく、厳しい摂生で透析時間を短くするパターンはパッシブになってしまいますね。
そのやり方でも、元気透析が実現不可能ではありませんが、透析量が足りていないため、時間と共に多くの合併症を引き起こしてしまい、限界が見えてしまってる治療です。
つまり、目先の時間確保のために透析時間を短くし、先の先を見ないというやり方です。
80代、90代で透析導入された患者さんであれば、まだそうする気持ちも分かりますが、若い患者さんには向かないと思いますね。
一方、たくさん透析をしてたくさん食べるという透析のやり方は、かなりアクティブなのではないでしょうか?
とても攻撃的ですね。
透析元気が持続しやすく、体調が良いため、透析で受ける時間の損失をリカバリーする事が可能になります。
合併症も引き起こしにくくなりますな(*'▽')
どちらを取るかは患者さん次第なのですが、「透析医療」ではパッシブの中に更なるパッシブがあり、アクティブの中に更なるアクティブがある状態になる事が多そうです。
ただ、アクティブだから体調不良に一切ならない訳でもないのですな。
僕も6時間透析になって、以前に比べて体調の悪い日が大きく減りましたが、それでも多少は体調の悪い日もあります。
ゼロにはなりませんね。
「体調の悪い日」というのは、どうしても思考が守りに入りやすくなってしまうという問題があります。
「心技体」とはよく言ったもので、「体」に問題があると、「心」に影響を及ぼしてしまいますな(-_-;)
「体」、「心」がどちらもダメだと「技」も中途半端になってしまい、完全に「心技体」の全てが発揮できなくなってしまいます。
ん~(-_-;)
困った。
アクティブに動く事で活路を見出そうとしてる時に、「体調不良」が起きてしまう場合もありますからな。
しかし、僕はこういう時は、まず「体調不良」を何とかする事を優先するようになりました。
「体」さえ何とかしてしまえば、「心技」を失わなくて済みますからね。
全力で「体調不良」を何とかする事を最優先するという道を取るのですな。
これは、先の腎不全保存期に起きた「お金」の問題で保存期を短くしてしまったという「後悔の念」がそうさせるようになったのです。
「体」さえ、何とかなっていれば、後の事はどうにでも出来る。
その信念の元に進んで行こうと思うようになりました。
という事で、「体感重視型」の透析生活となっていますね。
「体感」が悪くなる事を極力避けるパターンで行ってます。
まあ、別に「アクティブ=善」、「パッシブ=悪」という訳ではありませんね。
最終的に使い分けが大事かと思います。
ただ、透析生活の中では比較的、受動的に生きてしまう事のほうが多くなってしまいますね。
僕なんかも、独身なので、自分が食っていければ良い的になってしまい、守りに入る事も増えます。
食っていけてるので、「これでよい」となりやすいのですが、この状態で守りに入ってしまうと、ジリ貧になってしまう場合もありますので、時々こうして思考を整理し、どこをアクティブにし、どこをパッシブにすれば透析生活がうまくいくか? を考えているという訳です。
現在、活路を見出したい時なので、このアクティブ思考のほうが重要になってきてますけどね。
大事を取り過ぎて失敗する事も、年齢のせいか増えて来てるんで、まだまだ頑張って行かなきゃなりませんな(-_-;)
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自ら働きかける事、つまり能動的な事をアクティブと言い、
(他からの)働きかけを受ける事、つまり受動的な事をパッシブと言う訳ですな。
例えば、「お金」とは大事なものです。
大事であるがゆえ、使わない事で守るパターンとなりやすいですが、逆に使う事で守る事も出来ますよね。
僕は、まだ透析を受ける前の腎不全保存期に、働いては体調を崩し入院するというのを繰り返しました。
仕事してない時期はお金に困りましたので、当時、1か月の薬代が約8000円かかっていた事がネックになりました。
それでなくても入院費もかかってましたからね。
お金が払えなくて月1回の受診をしなかった事すらあります。(2か月ほどですが)
お金がなくて病院に行けなかったパッシブでの失敗
結果として、薬を飲めなくて腎不全を悪化させてしまったという事実がありました。
あれがなければ、腎不全保存期をもう1~2年は間違いなく延ばせたのではないか? という思いが今でも残ってます。
元々、僕はどちらかと言えばアクティブなほうだと思いますね。
しかし、この時はパッシブになってしまいましたな。
本来なら、
「体さえシャンとしてれば、仕事や金儲けはどうにでも出来る」という思いから、体の方を重視し、少々の出費には何とか対応する僕なのですが、この時は守りに入ってしまいましたな。
失敗やミスは誰にもあるので、別段構わないですが、あの時の失敗は致命的だったなと思います。
借金してでも薬をもらいに行くべきだったと、結果的にはそうなりました。
パッシブからは攻めがないので、減る一方になりがちです。(無駄に使ってしまう事を恐れて動けないとも言えますが)
実は、アクティブから視界が広がる事のほうが遥かに多い訳ですね。

アクティブなのかパッシブなのか
ただ、この辺は難しい訳で、例えば企業などでは「縮小」していくか「拡大」していくかで会議が大モメになる事もありますね。
赤字が出て、縮小する事で立て直すのか、攻めに転じて拡大する事で守るのか? これはどちらも成功には困難が待ち受けます。
「縮小」では閉鎖やリストラなどを的確にできなければ、パイが小さくなってしまうので危険も大きいですし、「拡大」では新たな投資で収益が上げられなければ、一気に赤字を増やしてしまう事になります。
縮小はパッシブであり、拡大はアクティブなのですが、縮小の中にもアクティブはあり、拡大の中にもパッシブが存在しますからね。
大事を取り過ぎて攻めが中途半端になる事もありますし、人情で切れなかったりすれば縮小に失敗してしまう場合もあります。
(^◇^)
まあ、企業の事は置いといて(-_-;)
こうした人生における決断も、僕らはいくつもある訳ですね。
特に「人工透析」では、「人工透析」ならではの事があります。
透析医療自体はどうなのか?
透析医療というのは「延命治療」と分類される医療ではありますが、アクティブに動くかパッシブに動くかで大きく変わってしまいますね。
まさしく、厳しい摂生で透析時間を短くするパターンはパッシブになってしまいますね。
そのやり方でも、元気透析が実現不可能ではありませんが、透析量が足りていないため、時間と共に多くの合併症を引き起こしてしまい、限界が見えてしまってる治療です。
つまり、目先の時間確保のために透析時間を短くし、先の先を見ないというやり方です。
80代、90代で透析導入された患者さんであれば、まだそうする気持ちも分かりますが、若い患者さんには向かないと思いますね。
一方、たくさん透析をしてたくさん食べるという透析のやり方は、かなりアクティブなのではないでしょうか?
とても攻撃的ですね。
透析元気が持続しやすく、体調が良いため、透析で受ける時間の損失をリカバリーする事が可能になります。
合併症も引き起こしにくくなりますな(*'▽')
どちらを取るかは患者さん次第なのですが、「透析医療」ではパッシブの中に更なるパッシブがあり、アクティブの中に更なるアクティブがある状態になる事が多そうです。
体調不良は思考を守りに入らせてしまう
ただ、アクティブだから体調不良に一切ならない訳でもないのですな。
僕も6時間透析になって、以前に比べて体調の悪い日が大きく減りましたが、それでも多少は体調の悪い日もあります。
ゼロにはなりませんね。
「体調の悪い日」というのは、どうしても思考が守りに入りやすくなってしまうという問題があります。
「心技体」とはよく言ったもので、「体」に問題があると、「心」に影響を及ぼしてしまいますな(-_-;)
「体」、「心」がどちらもダメだと「技」も中途半端になってしまい、完全に「心技体」の全てが発揮できなくなってしまいます。
ん~(-_-;)
困った。
アクティブに動く事で活路を見出そうとしてる時に、「体調不良」が起きてしまう場合もありますからな。
しかし、僕はこういう時は、まず「体調不良」を何とかする事を優先するようになりました。
「体」さえ何とかしてしまえば、「心技」を失わなくて済みますからね。
全力で「体調不良」を何とかする事を最優先するという道を取るのですな。
これは、先の腎不全保存期に起きた「お金」の問題で保存期を短くしてしまったという「後悔の念」がそうさせるようになったのです。
「体」さえ、何とかなっていれば、後の事はどうにでも出来る。
その信念の元に進んで行こうと思うようになりました。
という事で、「体感重視型」の透析生活となっていますね。
「体感」が悪くなる事を極力避けるパターンで行ってます。
透析自体が守りに入りやすくなってる事にも注意したい
まあ、別に「アクティブ=善」、「パッシブ=悪」という訳ではありませんね。
最終的に使い分けが大事かと思います。
ただ、透析生活の中では比較的、受動的に生きてしまう事のほうが多くなってしまいますね。
僕なんかも、独身なので、自分が食っていければ良い的になってしまい、守りに入る事も増えます。
食っていけてるので、「これでよい」となりやすいのですが、この状態で守りに入ってしまうと、ジリ貧になってしまう場合もありますので、時々こうして思考を整理し、どこをアクティブにし、どこをパッシブにすれば透析生活がうまくいくか? を考えているという訳です。
現在、活路を見出したい時なので、このアクティブ思考のほうが重要になってきてますけどね。
大事を取り過ぎて失敗する事も、年齢のせいか増えて来てるんで、まだまだ頑張って行かなきゃなりませんな(-_-;)
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コメント
コメント一覧 (4)
糖尿病時代にお金がなくて病院に行かなかった事は後悔として、やはり、あります。仕事と身体&健康、選ぶなら、どちらが未来につながるか考えもしなかった。
思い込んでいただけかもしれませんが、周りからの病気になった事へのプレッシャーもありました。
企業の病気に対する考え方も随分変わったようなので現在の在り方は羨ましい気もします。
保存期末期、透析になってから、あの時もっとこうしておけば…皆さん少なからずそう思うことがあると思います。
その時から今のような知識があれば良かったと今になって思います。
小さいときから学校で生活習慣病にたいする教育が必要と思います。
まあ、人生なんて後から見れば簡単という事はあるのでしょうけども、その時は色々難しいですよね。
やはり、僕も失敗から学び、体調優先というのが身についてきました。
体調さえ良ければ、後はどうにでもできる。
ま、これがね~(*'▽')
当時出来ていれば、もうちょっと違う人生に出来たかも知れませんね(^◇^)
今となってはどうにもなりませんけどね。
ま、色々学んでここから改善でも遅くは無いと思います。
透析がこれほど生きられるもんだとは思ってませんでしたからね。
確かに、子供の頃からこういう知識があれば、人生が違ってきますよね。
案外、世の中弱者には厳しいのに、そういった事には無頓着なんですよね(^◇^)