50年も生きて来てると、面白い出来事に遭遇する回数も増えますね(*'▽')
例えば「苦難」とか「出会い」とか。
毎回、「難しい局面」がやって来る時に思うのは、何もしてないとそういう出来事には遭遇しにくいという事です。
ヘタレ10年時代で、1番の「苦難」と言える事は、父の脳梗塞による介護だったでしょうか?
まあ、当時大変だったとはいえ、他には透析しかしてませんでしたからね。
とてもじゃないけど、あれを仕事も透析もしながらだったら出来なかったでしょうな。
まあ、父が亡くなって、僕も仕事しなければ食っていけなくなった訳ですから。
それはそれで、人生がそういう方向に向かったし、その中で最初は雲をつかむような事をやったにもかかわらず、良い出会いなどもあって、思ったよりは順調に進みました。
何かをやれば風は吹くのですな(*'▽')
世の中では「ピンチはチャンス」とか、色んな言葉がありますが、人がやってやれない事も無い訳です。(ある程度現実味を帯びていれば)
ただ、僕も思うのですが、最初の時点で「イメージが湧きにくい」事はうまくいかない事も多いです。
「イメージ」してみて、「これならできるかも」と思えるものであるのか、「これはちょっとイメージが湧きにくいな」と思う事では、やった時のスムーズさが違う感じがしますね。
いわゆる、自分自身がやるべき事が見えて来てる事はうまくいきやすいですが、自分自身が何をやったらその目標に届くか分からない時は、結局、何もやれない。
いや、実際、「思考は現実化」を掲げてますが、「思考は現実化」というのは思考しやすい事のほうが現実化しやすいという単純な話なんです。

ある方と話をしていて、
「僕は直感で行動した方がうまくいきやすい」と言ったら、驚かれた事がありました。
どうなんでしょう?
みなさんはどう思われますか?
僕の場合、色々考えて、自分自身の考えを混ぜていくと、余計な思いが重なってしまい、うまくいかなくなる事が多いと感じます。
つまり、直感で行動した時のほうが、「そうなる運命」にあったかのごとく、うまくいきやすくなる。
そういう部分を感じます。
つまり、直感型の行動をしますね。
もちろん、これは失敗するケースもあります。
想定外の方向へ話が進んでしまい、右往左往する事もあるんですが、まあそれは単純に深く考えて行動しなかったからこそ起きるミスなので、当然でしょうか?
そういう事もありますので、事をちゃんと進める場合は、どうしても悪く出た時にどうするかまで考えて行動してしまいますよね。
最悪の事態まで考える。
ただ、それは根本的に正しいとは思うのですが、しかし、「思考は現実化」の理論では逆行してしまうという問題があるのですな(*'▽')
ここが難しい訳です。
最悪の事態を考えてしまうと、物事がそっちの方向に進みやすくなってしまう。
これは普通にある事なんですよ。
この原理は、マイナスの事を考える事によって、何気に自分自身で知らぬうちに対策を練った方向へ進みやすくしてしまうという問題が起きるのですな(-_-;)
思考が現実化したのではなく、自分で対策を練ったために、そういう方向へ進ませてしまったという事です。(自分自身でその方向へ向かわせてしまった部分もあるのです)
もちろん、マイナス面の対策は大事ですが、マイナスが起きないような対策を取るのと、マイナスが起きた場合対策を取るのでは、結果が違ってくるという良い例なのです。
「良いイメージ」が浮かびやすいというのは、ある意味、自分の心がそっち方向を向いてるからですな。
心が躍るからからです。
例えば、人を好きになる時に、余計な事を考えますか?
相手が金持ちとか、優しいとか、そういう理論から入りますか?
むしろ、凄く居心地が良い人がいて、いつの間にか恋に堕ちてるみたいな感じの事も体験しませんか?
理論から入って好きになった人と一緒にいても、そこまで心が躍らないけど、気付いたら恋に堕ちてた的な恋愛の場合は、心が凄く踊る。
理論(相手の経済事情や性格)は後付けで良い気もしますね。
自分自身の心が躍る方向へ向かって行くと、どんどん楽しくなるのは当然でしょう。
そこにどのような苦難があったとしても、その苦難すら楽しめてしまいます。
なぜなら、心が躍ってるからです。
そういう意味で、僕の場合は直感から入る事が多いのです。
常にアンテナを張って、心が躍るほうに進んで行こうとします。
この直観力が大事だと思ったりしてるんですよね。
心が踊るほうに行くと、自然に笑顔が増えるし、心が躍ってるから苦難を苦難とも思わなくなる。
まあ、仕事なんかでイヤイヤやらなきゃいけないような事では、とてもネガティブになってしまいますよね。
仕事だから仕方ないですが、上手な人はそういう事でも工夫して自分が楽しくなるように心をコントロールできてしまう場合もありますが。
「思考は現実化」というのを素直に信じるかどうかもとても重要です。
「思考は現実化」というと、何か「奇跡」がたくさん起きてしまうという印象から、そんな事はあり得ないと思いがちです。
(^◇^)
いやいや、「奇跡」などは人生の中で腐るほどあるんですよね。
感じるか感じないかだけです。
人との出会いだって、70億の人間の中からの出会いで自分の人生とリンクする人なんてたかたか数万人程度ですからね。
出会いというのも十分「奇跡」です。
何かをやってる時に、人生のライフワークに出会えたりするのも「奇跡」ですし、頑張った事がうまく行く事も「奇跡」。
なんでも「奇跡」と思えば「奇跡」になってしまいますよ(*'▽')
そういう心の持ち方が「奇跡」を起こす訳です。
「奇跡」と思わなければ「奇跡」にはなりませんからな。
いや、先日、宇都宮で行われた「虹を描こうコンサート」も、最初は僕1人でも参加するつもりで行く事にしたのですが、実際は僕以外に10人の仲間が集いました。
あそこで、自分がもらった障害年金の大半をそこにつぎ込んで障害者や難病患者さんのために使っている仲間を見て、どう感じたでしょうね。(正しいとか間違いとか以前の話として)
僕は「奇跡」を見たと思ったからこそ、素直に感動し、心が躍ったのです。
そして、あそこに集まったメンバーは、そういう「奇跡」を心が欲していたのでしょう。
たくさんの勇気をもらい、生き方を伝授されたような気持になりました。
「思考は現実化」とはある意味、「一心不乱」という事を内包しております。
「一心不乱」が巻き起こす「奇跡」は心が躍るんですよね(^◇^)
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例えば「苦難」とか「出会い」とか。
イメージしやすいモノをやってみると良い
毎回、「難しい局面」がやって来る時に思うのは、何もしてないとそういう出来事には遭遇しにくいという事です。
ヘタレ10年時代で、1番の「苦難」と言える事は、父の脳梗塞による介護だったでしょうか?
まあ、当時大変だったとはいえ、他には透析しかしてませんでしたからね。
とてもじゃないけど、あれを仕事も透析もしながらだったら出来なかったでしょうな。
まあ、父が亡くなって、僕も仕事しなければ食っていけなくなった訳ですから。
それはそれで、人生がそういう方向に向かったし、その中で最初は雲をつかむような事をやったにもかかわらず、良い出会いなどもあって、思ったよりは順調に進みました。
何かをやれば風は吹くのですな(*'▽')
世の中では「ピンチはチャンス」とか、色んな言葉がありますが、人がやってやれない事も無い訳です。(ある程度現実味を帯びていれば)
ただ、僕も思うのですが、最初の時点で「イメージが湧きにくい」事はうまくいかない事も多いです。
「イメージ」してみて、「これならできるかも」と思えるものであるのか、「これはちょっとイメージが湧きにくいな」と思う事では、やった時のスムーズさが違う感じがしますね。
いわゆる、自分自身がやるべき事が見えて来てる事はうまくいきやすいですが、自分自身が何をやったらその目標に届くか分からない時は、結局、何もやれない。
いや、実際、「思考は現実化」を掲げてますが、「思考は現実化」というのは思考しやすい事のほうが現実化しやすいという単純な話なんです。

マイナス方向へ進んでしまう時は自分でそういう方向へ行ってしまう
ある方と話をしていて、
「僕は直感で行動した方がうまくいきやすい」と言ったら、驚かれた事がありました。
どうなんでしょう?
みなさんはどう思われますか?
僕の場合、色々考えて、自分自身の考えを混ぜていくと、余計な思いが重なってしまい、うまくいかなくなる事が多いと感じます。
つまり、直感で行動した時のほうが、「そうなる運命」にあったかのごとく、うまくいきやすくなる。
そういう部分を感じます。
つまり、直感型の行動をしますね。
もちろん、これは失敗するケースもあります。
想定外の方向へ話が進んでしまい、右往左往する事もあるんですが、まあそれは単純に深く考えて行動しなかったからこそ起きるミスなので、当然でしょうか?
そういう事もありますので、事をちゃんと進める場合は、どうしても悪く出た時にどうするかまで考えて行動してしまいますよね。
最悪の事態まで考える。
ただ、それは根本的に正しいとは思うのですが、しかし、「思考は現実化」の理論では逆行してしまうという問題があるのですな(*'▽')
ここが難しい訳です。
最悪の事態を考えてしまうと、物事がそっちの方向に進みやすくなってしまう。
これは普通にある事なんですよ。
この原理は、マイナスの事を考える事によって、何気に自分自身で知らぬうちに対策を練った方向へ進みやすくしてしまうという問題が起きるのですな(-_-;)
思考が現実化したのではなく、自分で対策を練ったために、そういう方向へ進ませてしまったという事です。(自分自身でその方向へ向かわせてしまった部分もあるのです)
もちろん、マイナス面の対策は大事ですが、マイナスが起きないような対策を取るのと、マイナスが起きた場合対策を取るのでは、結果が違ってくるという良い例なのです。
直感や本能に従ってみる
「良いイメージ」が浮かびやすいというのは、ある意味、自分の心がそっち方向を向いてるからですな。
心が躍るからからです。
例えば、人を好きになる時に、余計な事を考えますか?
相手が金持ちとか、優しいとか、そういう理論から入りますか?
むしろ、凄く居心地が良い人がいて、いつの間にか恋に堕ちてるみたいな感じの事も体験しませんか?
理論から入って好きになった人と一緒にいても、そこまで心が躍らないけど、気付いたら恋に堕ちてた的な恋愛の場合は、心が凄く踊る。
理論(相手の経済事情や性格)は後付けで良い気もしますね。
自分自身の心が躍る方向へ向かって行くと、どんどん楽しくなるのは当然でしょう。
そこにどのような苦難があったとしても、その苦難すら楽しめてしまいます。
なぜなら、心が躍ってるからです。
そういう意味で、僕の場合は直感から入る事が多いのです。
常にアンテナを張って、心が躍るほうに進んで行こうとします。
この直観力が大事だと思ったりしてるんですよね。
心が踊るほうに行くと、自然に笑顔が増えるし、心が躍ってるから苦難を苦難とも思わなくなる。
まあ、仕事なんかでイヤイヤやらなきゃいけないような事では、とてもネガティブになってしまいますよね。
仕事だから仕方ないですが、上手な人はそういう事でも工夫して自分が楽しくなるように心をコントロールできてしまう場合もありますが。
「奇跡」は自分の心が起こしている
「思考は現実化」というのを素直に信じるかどうかもとても重要です。
「思考は現実化」というと、何か「奇跡」がたくさん起きてしまうという印象から、そんな事はあり得ないと思いがちです。
(^◇^)
いやいや、「奇跡」などは人生の中で腐るほどあるんですよね。
感じるか感じないかだけです。
人との出会いだって、70億の人間の中からの出会いで自分の人生とリンクする人なんてたかたか数万人程度ですからね。
出会いというのも十分「奇跡」です。
何かをやってる時に、人生のライフワークに出会えたりするのも「奇跡」ですし、頑張った事がうまく行く事も「奇跡」。
なんでも「奇跡」と思えば「奇跡」になってしまいますよ(*'▽')
そういう心の持ち方が「奇跡」を起こす訳です。
「奇跡」と思わなければ「奇跡」にはなりませんからな。
いや、先日、宇都宮で行われた「虹を描こうコンサート」も、最初は僕1人でも参加するつもりで行く事にしたのですが、実際は僕以外に10人の仲間が集いました。
あそこで、自分がもらった障害年金の大半をそこにつぎ込んで障害者や難病患者さんのために使っている仲間を見て、どう感じたでしょうね。(正しいとか間違いとか以前の話として)
僕は「奇跡」を見たと思ったからこそ、素直に感動し、心が躍ったのです。
そして、あそこに集まったメンバーは、そういう「奇跡」を心が欲していたのでしょう。
たくさんの勇気をもらい、生き方を伝授されたような気持になりました。
「思考は現実化」とはある意味、「一心不乱」という事を内包しております。
「一心不乱」が巻き起こす「奇跡」は心が躍るんですよね(^◇^)
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