「優しさ」の定義って相当に難しいんですよね。

でも、「優しさ」というのは世の中にとても大切で、人の心を「ほっこり」させる心の媚薬のようなものなのです。

時には厳しい言葉も「優しさ」になる事もあります。



受け取る側で決まってしまう「優しさ」


全ては受け取る側で決まってしまう事なのです。

相手の心が「ほっこり」すればその「優しさ」は全て「優しい」となり、「不快」に思われれば単なる「優しさの押し付け」となってしまいます。

例え、その「優しい言葉」を相手を思いやり、心配して投げかけたとしても、相手の心が受け付けなければ「優しさ」とはならないのですね。

ですから、とても難しい訳です。

しかし、場合によっては、その時点では「優しさ」を感じられなかった言葉も、時間が経過し、色んな事が見えてくることで「優しい」に変わる場合もあります。

何でも許してあげるだけが「優しい」には決してならず、時には厳しい言葉を投げかけても「優しい」になる事まで。

この「優しさ」は、そういった相手の心の受け取り方も含まれてしまうため、どこがどう「優しい」のかを定義付ける事も難しいですね。

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「自分だけに優しい人」の心の裏側にあるもの


例えば、親友が間違った事をしようとしています。

もしかしたら犯罪行為になるかも知れないような事です。

それを引き止めようとする言葉は、十分「優しさ」になると思うんですが、その親友が、
「そうだな。今回はやめておこう。」とならなければ「優しさ」とはならない事もあるのです。

よく、
「自分だけに優しくしてくれる人が好き。」というような発言をされる女性を見かける事がありますね。

ん~(-_-;)

これは、少しキケンかも知れません。

というのも、自分だけに優しくしてくれる人というのは、裏に打算があるからそうなりますね。

詐欺などでもよく使われる手口です。

自分だけに「優しい」というのは、「他の人には優しくしない人」というもう一つの条件があり、そういう人ですと普段は人に優しくしないけど、自分の愛情を勝ち取るためだけに優しくする訳ですから、本当は優しい人ではありませんね。

やがて、愛情が薄れれば自分にも優しくはなくなってしまうでしょう。

本当に「優しい人」というのは、特に意識しなくても誰にでも優しいのが当たり前になってる人を指します。

ですので、「優しい人が好き」という場合は、常に誰にでも損得抜きで優しくできる人を選べば良いでしょう。

ただし、こういう人の場合、真摯に頼まれたら断れない性格を持ち合わせている事も多く、自分だけを大切にしてくれる訳ではありませんので、ちょっと「優しい人が好き」という定義から外れてしまう場合もあるかも知れませんね。

という事は、自分の愛情を勝ち取るためだけに自分に優しくなってくれる人の愛情を、生涯発揮させるべく愛され続ける自分でないといけなくなりますね(*'▽')



現代社会は「優しさ」が枯渇している


甘やかせて自由に生きさせてくれる事も「優しさ」にはなりますし、厳しく正しい道を進ませてくれる行為も「優しさ」になる場合もあります。

相反する2つの行為がどちらも「優しさ」になる事がありますので、定義付けるのが難しかった訳ですね。

しかし、「心がほっこり」すれば全て「優しい」と定義付ける事で、何とか定義付けが可能になりました。

少なくとも、「優しさ」をたっぷり受ける事は、「優しさ」の連鎖を生みます。

「優しさ」を素直に受け取る事で、自分も明るくなり誰にでも優しくなれるものです。

現代社会は、こういった「優しさ」の大切な効能を忘れてるような気がしますね。

人に落ち度があれば、その落ち度を責めたくなる人が増えてしまったと思います。

時にはその落ち度を優しく見守ってあげたり、許してあげる事も「優しさ」ですからね。

ミスや落ち度を責めるという行為も、気を引き締めるという事で役立つこともありますが、あまりに責め続ける事で、やがて人は何事にもチャレンジできなくなっていく事でしょう。

その失敗を十分に反省している状態でも激しく責め続ける場面をよく見かけます。

時として、
「人生はチャレンジする事が大切だ。」と語っている人に限って、人のミスを許さないといった矛盾した人物も見かけます。

面白いですね(*'▽')



「優しさ」と「引き寄せの法則」は連動している


「引き寄せの法則」は、エネルギーフィールドと言われる目の前の空間に良い波動を出せるか、悪い波動を出してしまうか、それで人生が大きく変わるというものです。

という事は、正しい「優しさ」を発揮している人は間違いなく良い波動を出せているはずですし、「優しさ」が無かったり、間違った「優しさ」を発揮している人は悪い波動を出しているはずです。

ですので、その人の人生を見るだけで、正しい「優しさ」を持ち合わせているかが分かりますね。

正しい「優しさ」を持っているのであれば、どのような境遇であっても自分の人生を楽しく、また満足のいく人生が送れていると判断できますね。

厳しい事を言う人が多い世の中ですが、愛情に満ち溢れた「厳しさ」は時に「優しさ」にもなりますから、そこに愛情しかありません。

ですから、波動に乱れが生じませんね。

自分自身の虚栄心や自己顕示欲のために人に厳しい人は、その厳しさが決して人のためにならず、悪い波動になってしまい満足いく人生を送れないでしょう。

そして不遇な人生を増幅させてしまい、より人に厳しくなって、更に虚栄心や自己顕示欲を追い求めてしまうでしょう。

そういう人がその後、どういう人生になっていくかは容易に想像できます。



本当の優しさとは何だろう


「優しさ」を定義付ける事によって、1つ大切な事に気付きました。

「優しい人」というのは、人に対してだけではなく、自分に対してもとても「優しい」という事です。

自分自身を認め(良いところも悪いところも)、時には自分に厳しく、そして上手に自分を甘やかして、とても素直にまっすぐ生きてるように見えます。

「優しさ」を発揮するのが上手な人ですから、それが自分の人生を上手にコントロールする能力にもなっているのでしょうね。

逆に、何でも人の言う事を聞くような、少し勘違いした事を「優しさ」として持ち合わせている人は、人のためばかりを考え、自分に対する正しい優しさを持ち合わせないため、自分自身の人生はおろそかになってしまい不遇な人生となってしまうでしょう。

こういう事を踏まえていきますと、「優しい人」というのは、人を正しい道に引き込んでいくような感性を持ち、更に自分も上手に上昇して行けるような人なのだと分かります。

よくね、甲斐甲斐しい奥様が何でもやってしまうため、家で何もできなくなってしまうご主人を見かけますね。

奥様に先に旅立たれて、その後、大変な目に遭うご主人様の話などは小説にもなってしまいました。

自分がいなくなっても困らなくて良いようにしておくという「優しさ」を奥様は持ち合わせていなかったようですね。

恐らく、自分の役目を重視するあまり、そこに気付かなかっただけだとは思いますが、これが「本当に優しい奥様」だったらどうなっていたか?

そういう事を考えていくと、本当の優しさとは何か?
優しさの定義とは何か?
が、見えてきそうですね(*'▽')



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