お久しぶりです(*'▽')

このところ、大きく色んな事が進展してきました。

なんと、既に4月11日(木)から在宅血液透析がスタートしております。

在宅血液透析が始まった!


我が家の透析2

我が家の透析1

1部屋に2台の透析コンソールがあるという風景はなかなかです。

これで、透析病院を開業したいと思っております。←ウソ(*'▽')
ベッドとリクライニングもあり、我が家の2部屋(1部屋は物品部屋)が透析で占拠されている状態です。

4月11日は、東レの社員さんや管理病院の師長さん、技士さんもいらっしゃる中、初在宅透析でした。
プレッシャーが(>_<)

まあ、穿刺も無事成功。
3時間の透析を行いました。

あ、一応、週6回×1回3時間の透析となっております。

ところが、翌12日(金)は穿刺に連打で失敗し、透析を断念(>_<)
師長さんに相談して、翌13日(土)は管理病院で透析を6時間させてもらいました。

14日(日)は透析は無しで15日(月)は穿刺成功(*'▽')

しかし、16日(火)は再び穿刺失敗(T_T)/~~~
しかも、いつも成功し1度も失敗が無かった動脈側(A側)で失敗してしまい動揺・・・。
対応をミスってしまい、またもや透析断念しました(>_<)

17日以降は失敗もなくようやく在宅透析も軌道に乗ってきました。

何しろ、毎日穿刺してる訳ですから、段々と感覚が掴めてきました(^◇^)
初期の2度の失敗も、今だったら成功できたのでは無いかと思いますね。

失敗が続きますと、血管周辺が腫れたりしますので余計に難しくなるのですが、成功を続けて腫れが無ければ常に簡単に刺せるようになってきます。

さあ、そんなこんなで在宅血液透析が始まっております。

問題があるとすれば、僕が透析を終えると妻の透析がスタートする部分です。
介助者がいないと透析出来ませんので、妻が帰ってくるタイミングで僕が穿刺。
僕が抜針するタイミングで妻が穿刺する訳です(>_<)

そうすると、妻の帰りが19時だった場合、僕の透析スタートが19時となり、終了が22時。
妻のスタートが22時で、終了が0時30分。
返血と片付けで1時までかかりますね(>_<)

こんな状態で妻の仕事や体調に影響は無いのかが心配です(-_-)

就職活動はどうなった?


さて、そんな時・・・。

某大手企業から採用通知が届きました(^◇^)

もうね、他は全部書類選考で落とされまくってきましたし、合同面接会も2度行きましたし、十数社から「ご縁が無かったという事で・・・」通知が届く始末。

しか~し、1社だけは面接までこぎつけ、その翌日に採用という連絡が来ました。

おお~(*'▽')
決まる時は決まるし、早い!

内容的にもパソコンを使った入力作業的仕事ですので、まあ何とかなるのではないかと思っております。

このゴールデンウイーク明けから初出社です。

平成終わりに在宅が始まり、令和と共に社会人生活が始まります(*'▽')

良い節目となりましたね。

助かったのは、暗い気持ちになる就活(なかなか思うようにいかないので)が終わってくれたことです。
さすがにね、何社も落ち続けると、もう永遠にどこも採用してくれないのではないかという、そういう不安が出てきますね(-_-;)

「いや、分かってくれる企業は必ずある。何社も採用通知が来ても困るし、1社に採用されればいい訳だから・・・。」と、自分に言い聞かせつつ何とかやり遂げました。

年齢とブランク、病気の入退院のせいで働いては辞めを繰り返してきた過去。
色んな弊害でなかなか難しい状況でした。

まあ、人間、やればできるんですけどね。
必ずどこかに自分を理解してくれる場所はあり、居場所は必ず作れると思います。

という事で、新たな世界に突入です。

昨年、9月に50歳にして初の結婚までし、13年ぶりに外で働く機会を得、更には透析が在宅になってるという・・・。

こんな変貌もなかなか無いのではないかと思います。

それもこれも、6時間透析を行ってくれた前の病院の先生やスタッフさん、今の転院先でも変わらず6時間をやってくれた病院。
そういう数々の助けがあったからです。

そういう透析で活力が生まれ、少しずつですが前に進んで来ました。

ヘタレ10年からの脱却ですな(*'▽')
完全脱却まであと1歩まで来ました。



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