おお~(>_<)
前回の記事の表記に間違いがありましたね。

普段なら間違いがあると、かなりツッコミが来てしまうのがこのブログなんですが、ツッコミがゼロ(-_-;)
(どうやら普段、このブログに厳しい意見を述べてくる一部の人たちは、今回の件に擁護的なのでしょうな。だからツッコまない。)

そもそも、いかにも医師が十分説得せず「淡々と死を提示した」と取れるような報道にもなっていますが、そんな訳ありません。

というか、そんな医師がいたら、医師会からつまはじきになってるはずですから。(刑事事件になりかねないです)


報道を100%鵜呑みにする訳ではありませんが、上記の表現は一部間違ってました。

「医師会からつまはじき」というよりは、擁護されてる風潮ですね。

まあ、身内に甘い意見というのは、返って世間の批判を増幅させてしまうのが昨今の常識ですので、立ち入り調査に入ったという透析医学会のお手並み拝見となりますね。

また、「医師が十分説得せず、死を提示したというような事は無いだろう」と思っていましたが、どうやら報道から読み取れる内容では、十分な説得は無く、どちらかと言えば、しょっぱなから選択肢を与えておくという考えのようにも読み取れますね。

SSS93



「透析中止」は普通に起きることだが問題は別の部分にある


しかし、透析室内で
「透析やめたい!」という患者が出たり、また、僕のTwitterのDMには
「死にたいからF病院の外科医を紹介してくれ!」といった内容のモノが来ていたりと、この件のおかげで関係ない僕まで被害を被っております(-_-;)

はなはだ迷惑千万。

そんなに透析やめたいならF病院に行きな!
と言いたくなる始末。

出典元 朝日新聞DIGITAL

病院側が病状にかかわらず腎臓病患者に透析をしない選択肢を提示していたことがわかった。透析をすれば生き続けられる患者も含まれており、病院側は専門医らの学会の提言から逸脱していることを認識していたとみられる。患者や医療者らから疑問や批判の声があがっている。


僕が通う現在の透析病院は、透析開始から約13年間で4病院目という事になります。

ここの病院の素晴らしいところは、高齢の寝たきり患者さんや、認知症が進んだ患者さんを一手に引き受けているという部分です。

患者サイドから言えば、そういう患者さんと同列で透析するのは、周りが賑やかですしかなり面倒ではあるのですが、病院の姿勢という面では大したものです。

僕のような若い患者を引き受けてれば、やらなくてもよい苦労を自ら進んでやっているというのは頭が下がりますね。

こういった病院の特徴は、看護師さんや技士さんの人間性の高さが要求されますし、面倒な事にも面倒くさがらず一生懸命出来る能力が問われます。

まあ、このパターンですと患者さんや患者家族が「透析を中止したい」と言ったとしてもさほど不思議ではありません。

横で見ている僕も、
「こんな状態で透析を受け続けさせるのは気の毒だなぁ。」と常々感じます。

そして、透析困難症や心臓の問題などで、透析が難しくなってしまえば、家族が呼ばれ「透析中止を相談する」というのはある事です。

しかし、件の問題は、その患者さんが44歳であった事、長期留置カテーテルなどを造設すれば透析は可能であった事などが大きな問題として取り上げられてる訳です。

この件の擁護意見として、どこぞの医師が
「30年医療をやっているが、長期留置カテーテルの腎不全患者など1人として見たことが無い!」と豪語していたとか(-_-;)(出典元 福生病院透析中止の件について書いた現役医師のブログが酷すぎる だいちゃん.com)

おいおい!
透析の素人が何を言っとるんじゃ!

僕の妻は先日まで長期留置カテーテルが入ってましたよ。

また、前回の我が家で行ったカレーパーチーにも、現役の「長期留置カテーテル」の患者さんも来てました。

少なくとも透析13年の僕ですら、10人くらい見てます。

30年やってて1人も見たことがないレベルの素人が何を意見出してるんじゃ。
こういう低次元医師の意見は誰も聞いておりません。
(今回の件で意見を出せる医療者の領域に達しておりません。しかも身内に甘い意見を出し、余計に今回の件を大げさにしてしまってるようなレベルの方です。おかげで多くの透析関係者が医療現場で迷惑をこうむっております。そもそも医師なのに社会ニュースに対して個人的な意見をネット上に出すのは医療者としてのネットリテラシーに欠け、信用なりません。つぶやき程度ならともかく。)

現在、バスキュラーアクセス(シャントやカテーテルなどの透析用の血管)の問題は、以前に比べて大きく改善しております。

僕の妻も、透析導入前にシャント造設に失敗しており、グラフトを入れて在宅血液透析をしております。
昨年は、このグラフトが感染症を起こし、全摘出となってしまいました。

この場合、通常は新たなグラフトを左腕ではなく右腕に入れる事になってしまいます。

ところが、担当したバスキュラーアクセスの医師がかなり優秀でした。

「在宅血液透析をやってるのであれば、左腕にグラフトを入れないと穿刺が難しくなってしまいますね。」と、通常は難しい左腕に再度のグラフト導入をやってのけてくれました。(かなり難しい術かと思います。)

まあ、優秀な医師ならこの水準です(*'▽')

生活や仕事や患者のQOLを考えて、最善を尽くすというのが一般の医師です。

こういう最前線の医療を提供できる能力がない病院では、もしかしたら、「長期留置カテーテル」か「透析中止」かといった選択肢にならざるを得ないのかも知れませんね。

つまり、自分自身が2流以下であると自ら言ってるようなものです。

このような病院では、長期留置カテーテルですらちゃんと造設できるか怪しいかも知れません。

そういった事も踏まえて、一般は病院や医師を選ぶという選択が先にあります。




実は今回の件であまり指摘されていない、大きな問題がいくつかあります。

報道では「十分なインフォームドコンセントはしている」となってますが、

●正しい医療情報が、正しいタイミングで提供されていたかどうか?

という問題を内包しています。

つまり、
「これこれこういう方法があります」などの、今後の最前線診療情報をしっかり提示していたかどうか?
患者が、もうこれ以上透析を受けたくないと思うような、気の遠くなる話ばかりに終始していなかったかどうか?
患者の精神状態は波があり、波が底辺状態の時に「透析中止の提案」していなかったかどうか?
(誰でも落ち込んでいる時は死にたくなる場合もあります。)

そもそも、今後の診療情報が間違っていたらどうなるでしょう。

優秀な透析医の手にかかれば余命20年なのに、
「余命が4年ほどしかありませんから、苦労して血管を作ってもしんどいだけですよ。」などと言われてしまえば、じゃあ、もう死んでおくか。
となりかねません。

こうした(死への)誘導が無かったのか?

「余命4年」というのが、どこのどのデータから導き出したものなのか?
これが不明です。

透析患者とは、常に透析やシャントなどで心臓に負担がかかっている状態ですから、正確に言えば「余命」という概念はかなり難しいです。

なので、透析医会や医学会では「生存率」という表記がなされております。

今日、突然、心臓が痛くなって死ぬ可能性もありますし、30年、40年経っても何も起きない可能性もあります。

50歳で透析を始めて90歳まで生き延びてしまう可能性だってゼロではありません。

なのに、簡単に余命宣告したというのであれば、それは完全なミスリードをしてしまう事にもなります。

このような状態で、
「カテーテル透析」か? 「透析中止」か?
という完全2択の選択を与えるのはどうかと思います。

インフォームドコンセントをしていたから良いという訳ではなく、その中身を問う必要もあるはずなんですが、そこは誰も指摘してないというのはどうでしょう。

透析患者に余命宣告をするというのは、本当に末期透析状況に限ると思いますが。



もう1つ問題があるのは、患者サイドから
「どうしても透析をやめたい、死にたい!」と再三に渡り申告があった場合です。

この場合でも、まだまだ透析が受け続けられるだけの体力があれば、どの医療者でも必死で説得してくれます。

僕自身がちょうど透析5年目に透析をやめようとした時も、周りの医療者さんが頑張ってくれたおかげで、今日このように結婚したり様々な事に挑戦できております。

あの時に、
「それも選択肢としてあります。」と死の選択をされていれば、今の自分はこの世に存在しておりません。

医療者はまさに義務のように
「生きる選択」の1拓しかない訳です。(現状の医療はそうなってます。)

つまり、「死の選択」が出来るのは患者側だけです。

ガンなどでも、最新治療を受けるか、手術すらしないというような選択肢ですら、患者側が持っています。
それぞれ、その予後がどうなるか?
という説明だけではなく、正しい診療情報を元に患者が選び、その中で医師が最善を尽くすというのが現代医療です。

透析の場合も、どうしても透析が嫌なら、透析に行かなければ済みます。

透析に通ってきてる状況では、
「生きる意志がある。」という判断になってしまいます。

昔は、透析に来なかったら、電話がガンガン鳴り、しまいには看護師さんが家まで来て引っ張っていったなどの逸話までありますから(*'▽')

現在はそこまではしてくれないでしょうけども、少なくとも多少の引き留めはあります。

また、患者が尿毒症の苦しみで
「やはり透析に復帰したい。」と言えば、
「だよね~(*'▽')」と透析復帰させてくれます。

その中で、どうしてもイヤだとなってしまえば、さすがに医療者もどうしようもありません。

そして、そのような患者さんを僕も数人見たことがあります。

特に多いのが、
「透析導入前」の患者さんです。

緊急に首などから透析は可能ですが、将来を考え、シャント造設(透析用の血管)手術を受けなければ透析を受けれない事から、導入時に頑なに断り続けていく患者さんもいます。

この、導入前の患者さんであれば、ガン患者さん同様、診療の選択肢として患者からの訴えがあった場合は「透析導入しない選択」というのも仕方ありません。

つまり、今回の件で何が争点なのかと言えば、患者サイドが考えてもいないのに
「死の選択肢」を医師が提示したかどうか?
というのが問題です。

この44歳の女性患者さんとしては、最初は
「透析をやめたいけど、そういう選択は病院がさせてくれないから諦めてる」状況なのに、わざわざ医療側がそういう選択を与えて患者を死に追いやったのかどうか?
というのが争点になり得ます。

もしも、以前からこの44歳の女性患者さんが
「透析をやめたい、死にたい。」という事を医療者さんに進言していて、医療側が根負けして透析をやめさせた場合は、病院や医療者に全く非がありません。

そもそも、患者側はその気になれば自殺だってできる訳ですからね。

透析中に布団をかぶったまま針でも抜かれてしまえば、大問題ですから。
意思の硬い患者さんの場合は仕方ない場合もあるという事です。



そして、それを踏まえて、患者が嫌になるような透析を受けさせていたかどうか? という問題があるのです。

そもそも、週3回の透析に死ぬまで通い続けるというのは、高いモチベーションを保ち続けるのが極めて難しいです。

僕のような元気な患者であっても、時々行きたくなくなる時があるくらいです。

その中で、透析室内で様々な人間関係のトラブルなどがあった場合は、余計に行きたくなくなります。

●簡単に言えば、患者が透析をやめたくなるような雰囲気作りをし、患者が死にたいと言ったら死の選択肢を出す(このような事は無いと信じたいですが)ような病院があったら大問題だという事です。


この医療者は
「透析が無益」という事を言ってる訳です。

出典元 毎日新聞

外科医は「十分な意思確認がないまま透析治療が導入され、無益で偏った延命措置で患者が苦しんでいる。治療を受けない権利を認めるべきだ」と主張している。


この病院では「無益で偏った延命措置」というレベルの透析しかしてなかった訳です。(少なくとも多くの透析病院で有益な透析医療が行われております。)

無益という気持ちで医療者が透析していれば、患者に伝わり、患者のモチベーションが下がるのは当然です。

そこで、患者が透析をやめたいと言ったら、その選択もありますと病院が受け入れる。

こういった事があった場合はどうなのか?

こんな発言がマスコミ相手に出ること自体が、実は大問題であると医学会の先生方は気付いて欲しいです。

そもそも、マスコミは自分の都合の良いように発言を切り取るのはお得意ですから、最新の注意を払い発言する必要があります。

それを怠ったのであれば、そこも問題です。

つまり、今回の件は、このようなことをやれば、当然騒ぎになるのにもかかわらず、分かっててやったという事になります。

医師ほどの頭脳であれば、こういう事をしていて騒ぎにならないと思ってたなどという事はウソ以外ないでしょう。

気付けるはずです。



さて、これに対して「透析医学会」がどのような結論を導き出すか、楽しみです。

これまで医療界では「身内に甘い」裁定を多く行い、それにより医療不信を招いてきました。

しかし、近年の日本では、身内に甘い裁定は返って信頼を失うとして、逆に身内に厳しい裁定を取る組織も出てきました。

そのほうが、結果として騒ぎを縮小できる訳ですから。

件の病院や医師を野放しにするのかどうか?

僕個人としてもこの裁定を待ち、また機会があれば意見を書きたいと思います。

まあ、この件に関して、細かく書く気は毛頭無かった訳ですが、僕自身が迷惑を被ったので吠えたくなった訳です。
あしからず(-_-;)



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