とにかく僕は「忍耐力」に欠けるほうなので、そこに色々学びを得たいと思う訳ですな。

しかしある方から、
「忍耐力と我慢はまったく別物なんだよね~。」と言われました。

ん?
「忍耐力」と「我慢」は別物???



「忍耐力」と「我慢」の違いはそのまま「人工透析」に置き変わる


「忍耐力」という字ズラから、「耐え忍ぶ」という意味に捉えられがちですが、無理して耐えるという行為は忍耐力ではないそうな。

「本当に忍耐力がある人は、自分が耐えてるなどとは思ってないのが普通」ということです。

「無理して耐えてる」状況を「我慢」という訳ですな。

ん~(-_-;)
なるほど~(*'▽')

いわゆる「忍耐」の先には相応の希望があります。

一方、「我慢」はその我慢の終わりまで踏ん張ることを指してますね。
つまり、先には「我慢の終わり」しか無い訳です。

「忍耐」とはコツコツと努力して、そしてその先の希望が叶うように待つことを言ってますので、単純な「我慢」とは違うのですね。

おお!
なんか、透析に似てますな。

僕は透析中によく血管痛を起こして左腕がかなりだるくなることが多いので、透析終盤に必死で耐え忍ぶ場合がありますね。

これは「我慢」だ(*'▽')

一方、透析に通うことは、僕にとっては休息しに行く時間になっていて、「寝たいので透析に行きたい」という欲求もあったりして、さほど透析全体が耐えることではなくなってます。

人工透析そのものは透析12年の間に、いつの間にか「我慢」ではなくなり、別段苦も無くできるようになっていたのですな。

最初は透析の4時間が「我慢」になってしまってた訳です。

今は「我慢」ではなくなっているから、6時間透析もできるのですな。

あ~、確かに。
我慢する時間が2時間も延びるのは、そりゃ、誰だって嫌です(-_-;)

SSS65



「我慢」が「忍耐力」に変わる時


まあ、「忍耐力」などはカラキシな僕なのですが、人工透析に対する忍耐はできるようになったということなのでしょうか?

(^◇^)
12年もやりましたからね。

そりゃ、そうなってもらわないと困りますけどね(-_-;)

「人工透析」が苦行のようになっていた時代もありましたが、時というのは恐ろしいもので、今は別のことに頭が行ってるので、気にならないというのもありますけどね。

少なくとも、透析さえ受けていれば生きて行けますからね。

そういう希望があるから、あまり気になくやれるのかも知れません。

前は、透析を受けてると段々と不調になって10年~15年で死ぬと思ってましたからね。

38歳からの透析人生ですから、68歳まで30年も透析出来れば、十分人生をまっとうできたとも言えます。

腎臓病じゃなくても70歳前後ならお亡くなりになる方も多いですからね。

そのくらいまで生きられるのではないかという希望が透析に持てるようになったのが「我慢」から「忍耐」に変わっていくきっかけになったのでしょう。



周りに優秀な人が増えていた


そう言えば、昔はストレッチャーで透析を受けさせられた経験もありますからね。

あれは、背中が痛くて、毎日モーラステープを貼りまくってました。

当時の病院は、ベッドはフカフカ過ぎて腰痛になるし、たまにストレッチャーで透析となり背中がパンパンでした。

あれは辛かったですな。

まさに苦行(^◇^)

今の病院ではベッドの固さが柔らか過ぎず固過ぎずで、ちょうど良い感じなので良く寝れます。

4時間透析から6時間になってますので、背中は痛いですけどね(-_-;)

そうか~(-_-;)
病院のベッドにも左右されますな。

穿刺で苦労されてる患者さんも同じですね。

煩わされる思いがなくなることが大事なんでしょうね。

かつての病院では、ドライウェイトをしょっちゅう間違えてくれるので、透析前にしっかりチェックしなければならなかったり、体重計が誤作動で変な数値になるので、透析に行く前に自宅で正確な体重を測って覚えておかないといけなかったり。

そんなことがあれば、透析がほとんど「我慢」になってしまいますからね。

やはり優秀な医療従事者さんの多い環境で透析できることの有難さは何とも言えませんな(*'▽')

透析仲間の皆さんも心のスキルの高い人が多いですし、やはり周りが優秀ですと、「我慢」というのは必然的に軽減して行くのでしょうな(*'▽')



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